きのくにフォレスター
千井 芳孝 さん
千井 芳孝 さん
大阪府から移住
北海道大学和歌山研究林 森林技能職員/和歌山県農林大学校 林業研修部 講師

森と共に成長し続けるプレイングマネージャー

人生を変えた新聞広告

未経験からの林業就業のための技術・費用面の支援を行う「緑の雇用」制度。今では林業の入り口として知名度も高まりましたが、全国的に事業展開が始まったのがちょうど20年前の2003年。まだ耳慣れないどころか、ほとんど人がその名を知らなかったその年、大阪ドームで開かれた緑の雇用の説明会に参加したのが、今回紹介する千井芳孝さん。このイベントを経て大阪から和歌山に移住し、現在は北海道大学の和歌山研究林で後進の指導をしながら農林大学校でも教鞭を執るベテランのきのくにフォレスターです。

当時は33歳と働き盛り。営業職から管理職にシフトし、順調にキャリアを積み重ねていましたが、数字に追われる日々や家族との時間が取れない同僚の姿を見て、徐々に将来の希望を見出せなくなっていたそうです。そんな時に目にしたのが、新聞広告に踊る「森で働きませんか?」の文字。緑の事業と言えば失業者向けの緊急雇用対策事業。就業中の身では該当しないものの、この一言に激しく心を揺さぶられた千井さんの足は思わずイベントのあった大阪ドームへ。これぞ、まさに林業との運命の出会いでした。

千井さんインタビュー

仕事もプライベートもフルパワーで

「実は林業には1ミリも興味がなかった。僕がしたかったのはただただ田舎暮らし」とあっけらかんと話す千井さん。幼い頃から自然が好きで、今も釣りが趣味。海も川も山もある和歌山県は絶好の移住地でした。

当然移住後は田舎暮らしを満喫。「残業がなく、仮にあったとしても明るい時間帯に必ず帰って来られるのがいい」と話すように、当時は終業が15時。学校から帰った地域の子どもたちの「友達」として、一緒に川に泳ぎに行ったり海で遊んだり、童心に帰って楽しんだそうです。

千井さんインタビュー

では、仕事面はどうだったのかと言うと、どちらも全力投球する千井さん。興味がなかったとはいえ、関わり始めるととことんこだわる性格から、先輩を質問攻めにして怒られたのだとか。「背中を見て覚える」職人の世界。昔ながらのやり方の理由を理解したいと、千井さんは「どうして」を繰り返したそうです。あまりの質問攻撃に耐えかねた先輩の答えは「知らん!ワシかて見よう見まねで覚えたんや」。そこで本やネットで調べて情報を集め、絵に描いて考えながら再現。頭には「安全に効率よく木を切るにはどうしたらいいか。みんなが安全で楽になったら仕事量も増やせて、日当を上げてくれと言える」という考えがありました。この「調べる、教わる、自分のフィールドに持ってくる」の繰り返しが千井さんの腕を磨いた原点です。

千井さんインタビュー

1人ひとりに向き合う指導を

当初就職した森林組合は植栽から間伐、架線集材と、木を育て、切り出す全ての作業を担っていました。「運がいいのか悪いのか、全部をやってしまった達成感があった。そんな折に北海道大学和歌山研究林で募集が出るという情報を得て、どんな仕事だろうと興味が出たんです」。結果、12年間勤めた森林組合から現在の職場である和歌山研究林に転職。現在は大学の動植物の研究のために森林を管理しながら、若手の指導も担当。さらに職場の若手指導だけでなく、和歌山県農林大学校での伐倒関連の技術指導と緑の雇用事業の1年目・2年目の就業者の技術指導を担当するなど、主に県内の後進指導に広く携わっています。

千井さんインタビュー

「個人差はありますが、1人ひとりに合った教え方が必要。通り一辺倒では全然通用しない」。そう話す千井さんが指導者として心においているのは“伝え方”。中でも意識するのは「あからさまな否定をしないこと」。「してはいけない部分は伝えますが、否定によってコミュニケーションを閉じられることもある。なので、意識して言葉を選ぶようにしています」

「○○を意識してやってみて」も千井さん的NGワード。「できないんだから、これも言ったらだめ」と一旦その言葉を飲み込んだ上で、その子のやり方を観察して、どこに問題があるのかを考えて具体的に指導するのだそう。「ドンピシャでハマったらこの上ない爽快感ですよ!」とその瞬間を思い出したように嬉しそうに話してくれました。

千井さんインタビュー

常に学ぶ姿勢を忘れずに

自分自身も「学ぶ姿勢が大事」と、挑戦の姿勢は変わりません。チェーンソーの和歌山県大会では4度目の出場で優勝。「外に飛び出せばいくらでも世界があって、知見も人の縁も広がっていく。それがキャリアにもつながる。本当に日々勉強ですよね」と話す笑顔はやる気に満ちています。最近も、アーボリカルチャー(樹木学)など、さまざまな角度から森林や環境について学ぶセミナーに参加し、知識の習得に余念がありません。だからこそ、次代を担う若手にも「一労働力に終わるのではなく、いろんなことに挑戦してほしい」とメッセージを送ります。

そんな千井さんに今後のビジョンを伺うと「どこかのタイミングでもう一度林業の最前線に戻ろうかと考えています」と返ってきました。齢50代半ば、まだまだ千井さんの挑戦は続きます。

千井さんインタビュー